日本には古くから様々な形で賭博文化が存在していました。厳しい法規制の中でも時代とともに形を変え、現代に至るまで進化を続けています。本記事では、日本における賭博の歴史を古代から現代まで紹介し、その変遷を辿ります。
日本における賭博文化のはじまり
日本の賭博文化は平安時代にまで遡ります。この時代には「賽振り(攤打ち)」と呼ばれる賽(さい:サイコロ)を用いた賭博風の遊びが存在していました。
紫式部日記にも賽振りをして賭博に興じた記録が残されており、この種の遊びは相当初期から日本社会に存在していたことがわかります。
古代の賭博と庶民文化
平安貴族の遊戯は主に教養や文化的側面が強かったものの、時代が下るにつれて賭け事の要素が強くなっていきました。鎌倉・室町時代になると、さまざまな賭博が庶民の間にも広まり、武士階級でも密かに行われるようになります。
江戸時代の花札と博徒の世界
江戸時代になると、賭博は幕府によって厳しく禁止されていましたが、実際には地下で盛んに行われていました。特に花札を含むカルタ類による賭博は一貫して禁止されていました。
それでもカルタによる賭博が減らないため1770~80年代(安永期)には、江戸幕府が小売店や製造元を一斉摘発しました。
しかし、百人一首などの歌カルタ(その中でも教育的なものとして許されていた)に偽装するなどして、禁止令をかいくぐる工夫が続けられました。
丁半賭博と博徒の組織化
江戸中後期になると、丁半(ちょうはん)と呼ばれるサイコロ賭博が組織的に行われるようになりました。花札賭博も相変わらず人気を集めていました。
賭博を運営していた胴元は、国的に組織化され、地域社会に深く根を張っていきました。彼らの多くは武装し、後の時代にヤクザへと発展していきます。
明治時代の賭博禁止と法制度
明治政府は江戸時代からの賭博禁止を継続し、1880年(明治13年)に制定された新刑法(施行は1882年)に賭博罪を規定しました。
当時の刑法260~261条では「賭場を開き利を図る者」に対し3月以上1年以下の禁錮と10~100円の罰金、「現に財物を賭けて賭博した者」には1月以上6月以下の禁錮と5~50円の罰金が定められていました。
賭博取締りの限界と対策
しかし、この法律は「現に賭博を為した場合」のみ適用されるという限界がありました。実際には、警察が賭博現場に踏み込んでも、博徒たちは証拠を隠滅して逃亡することができました。さらに当時の刑事訴訟法では夜間の家宅捜索が禁止されており、夜間に開かれることの多い賭場の取り締まりは実質的に困難でした。
このような状況から、政府は1884年に旧刑法の賭博規定を停止し、博徒を対象とした「賭博犯処分規則」を発布して厳罰化を図りました。賭博犯処分規則では、警察官の判断のみで逮捕出来る事が定められています。
戦後の公営ギャンブルの誕生
第二次世界大戦後、日本は復興財源を確保するために政府公認の公営ギャンブルを整備していきました。戦前からあった競馬(日本中央競馬会など)では1946年に馬券発売が再開され、1948年には地方競馬(公営競馬)の場外発売制度が導入されました。
また、戦後新たに導入された公営競技としては、以下のものがあります。
- 1948年11月20日:福岡県小倉市で全国初の競輪が開催
- 1950年10月29日:千葉県船橋市でオートレースが開始
- 1952年4月6日:長崎県大村市で競艇(モーターボート競走)が初開催
これらは「競馬法」「自転車競技法(競輪法)」「モーターボート競走法」など専用の法律で規定され、これらの法律が成立したことで賭博罪から除外されています。
パチンコと三店方式
現代日本の代表的な賭博といえばパチンコですが、パチンコ店は賭博罪を逃れるために「三店方式」という独特のシステムを採用しています。これは①パチンコ店、②景品交換所、③卸問屋(景品問屋)という三者を介して、パチンコ玉を事実上現金化する仕組みです。
具体的には、勝った客はホールではまず玉を景品(金など)に交換し、景品交換所で現金に引き換えます。景品交換所が客からかった景品は卸問屋で買い取ってもらい、最終的に問屋がパチンコ屋に景品を供給します。
インターネット時代
近年ではインターネットの普及に伴い、オンラインカジノが世界中で人気を集めています。特に海外では合法的に運営されており、スマートフォンやパソコンから24時間いつでもアクセスできる手軽さが魅力となっています。
オンラインカジノの現状
オンラインカジノの大きな特徴は、実際のカジノと同様のゲーム体験をオンラインで楽しめることです。バカラ、ブラックジャック、ルーレット、スロットなど多様なゲームが提供されています。
また、多くのオンラインカジノサイトでは新規ユーザーを獲得するために様々な特典を用意しており、その代表的なものが「入金不要ボーナス」です。これは文字通り、実際にお金を入金しなくても無料でゲームを試せるシステムで、初心者がリスクなくオンラインカジノの体験することができます。
日本の法律は?
一方で、警察庁は「海外で合法的に運営されるオンラインカジノであっても、日本から接続して賭博を行うことは犯罪」と明言しています。
まとめ
日本の賭博文化は平安時代の貴族の遊びから始まり、江戸時代の花札や丁半賭博、戦後の公営ギャンブル、そして現代のパチンコやオンラインカジノまで、時代とともに形を変えながら続いてきました。法規制と抜け穴の攻防が繰り広げられてきた歴史は、日本の伝統文化の一側面を映し出しているといえるでしょう。